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2011/06/23

今思えば、巻原発を撤回にまで持ち込んでくれた人達に感謝をしたい。本当にありがとうございました。 #genpatsu #genpatsu_tomero #s_t_r

新潟市から海岸線を南下して走るとても気持ちの良い道路があります。

国道402号線。別名日本海夕日ライン。

新潟市の関屋で市街地を離れると砂浜の上に作られた一直線に南へ伸びる道路です。
やがて、防砂林の中を走り、角田浜という海水浴場へ入り、ここからはかつて「越後七浦シーサイドライン」と言う有料道路で(現在は無料)砂浜から一転、角田山の裾野が海へ落ちる岩だらけの海岸線となり、荒々しい風景となります。
しかし、ここから眺める日本海へ落ちる夕日は格別の物があり、この道路を「日本海夕日ライン」とも言います。

このとても景色の良い、気持ち良い道路が突然、90度、いやヘアピンカーブで山奥へ入り込む場所があります。
わざわざ、山の中へ入り、トンネルを通り、また海岸線へコの字を描いて迂回しているのです。
その山の中に風光明媚な場所があるわけで無し、海岸線が切り立った崖で危険なわけでもない。

その場所が、「東北電力 巻原子力発電所」の建設予定地だったところです。
新潟県には柏崎刈羽原子力発電所がありますが、実はもう一つ原発が建つ予定だったのです。

自分が、子供の頃にはすぐにでも原発ができるような勢いでした。
子供の頃はそれが、危険だとは考えず、「すごい技術だな」と思ったものです。
それが、自分の住む町の『近く』にできるのだからそれは、『すごい』事だと。

でも、地元の巻町は大変な騒ぎになったそうです。
町が賛成派、反対派に二分し、「あいつは、向こうの者だ」みたいないがみ合いがあったそうです。
小さな町なのに。

新潟市から約30km 目と鼻の先です。
もしもこの原発が事故を起こしたらどうなるか・・・というチラシを良く目にしました。
同心円状に被害範囲を描かれた地図には当然自分の住む地域が含まれていました。
それを想像した時の事は良く覚えています。
「怖い」けど、「想像がつかない」
と言う感じでした。

あの同心円の地図を今の福島第一原発の状況と照らし合わせると、まさに南相馬市当たりの状況でしょうか。
「逃げるべきか」
「留まっていて良いのか」
そんな心境になっていたでしょう。

あの頃、今の福島県の状況を新潟で想像し、反対し続けた人達がいたという事です。
今になって思えば、よくぞ反対し、撤回にまで持ち込んでくれたと。
そして、そこまで反対運動を頑張ってくれたものだと。

反対も賛成も言えずにただ、見守っていただけの自分が言うのは変ですが。
やはり頑張った人達に今は言いたいです。

「ありがとう」と。

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